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「決定論的カオス理論に基づく時系列解析システム」 計装 8月号 Vol.40 No. 8 (1997)

2 カオスと時系列解析

決定論的カオスの特徴を表す重要な特性として,初期値に対する鋭敏な依存性, 軌道不安定性,長期予測不能性,短期予測可能性をあげることが出来る [1,2,3,4].初期値に対する鋭敏 な依存性は「バタフライ効果」とも呼ばれ,微小な誤差の影響が時間と共に指数 関数的に拡大し,短期間のうちに対象のグローバルスケールまで拡大してしまう 性質を言う.初期値に限らず,微小な外乱によっても同様の性質が生じ,それは 軌道不安定性とも呼ばれる.実世界では無限の精度での観測や初期値の指定など は不可能であるので,システムがカオスであるなら,長期の予測は原理的に不可 能となる.しかしながら他方で,誤差が観測スケールまで拡大しない短期ならば 決定論的予測が可能と言うことであり,そこに,非線形理論に立脚した予測手法 確立の意義がある.また,軌道不安定性を表す特徴量は「リアプノフスペクトラ ム」によって表され,そこから予測限界時間を表す「KSエントロピー」の上限値 が得られる.これによって,いわゆる「予測誤差の予測」が可能になる.一方で カオスは,微小な外乱によって軌道不安定性が生じても,状態空間において定常 的振る舞いを表すアトラクタの幾何学的構造は変化しないという安定性を有する. アトラクタの幾何学的構造は,カオスであれば一般にフラクタル構造をもち, 「フラクタル次元」によって定量化される.

通常,対象システムのすべて状態変数を観測できるわけでなく,最悪の場合,観 測する変数は1変量のみである.カオス時系列解析では,1変量の時系列データか ら「埋め込み」によってアトラクタを再構成し,その力学系を介して,「リアプ ノフスペクトラム」,「フラクタル次元」などを解析することが出来る.それは, 「埋め込み」が成立していれば,再構成されたアトラクタは元のアトラクタと微 分同相となり,リアプノフスペクトラム; KSエントロピー; フラクタル次元など が位相的に保存されるからである.適切にアトラクタを再構成するためには,時 系列の自己相関関数やパワースペクトラムから得られた情報が有効であると同時 に,視覚的に埋め込みをチェックすることも重要である.

カオス時系列解析における予測理論では,「非線形モデリングによる予測」を扱 う.また,予測モデルの「予測精度の特性」から,元の力学系がカオスであるか を推測することが出来る.さらに,予測モデルの「リアプノフスペクトラム解析」 や「フラクタル次元解析」の結果を,元の力学系の同定解析へ応用することが可 能である.

カオス時系列解析では,埋め込み; リアプノフスペクトラム解析; フラクタル次 元解析; 非線形モデリングによる予測を多面的・統合的に行なうことが,解析の 信頼性の強化や応用可能性の拡大のために重要である.


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